ブラームスの「大学祝典序曲」は、4曲のドイツ学生歌を含んでいますが、今回はその原曲たち(のうちまず2曲)を聴いてみましょう。
まずは、金管のコラールが美しい「僕らは立派な校舎を建てた」(Wir hatten gebauet ein stattliches Haus)。国立音楽大学の資料(PDF)によれば、「1819年にイェーナ大学の学生組合が解散するときに作った曲」とありますが、疑問が湧きます。まず、「学生がなぜ校舎を建てるのか?」そして「学生組合が解散するときに歌なんぞ作るのか?」という点です。
順序が逆になりますが、「イェーナ大学の学生組合とは何か」という点を調べてみると、これはブルシェンシャフト(Burschenschaft)という、愛国的な学生運動の組織のことでした。「ウィーン体制のドイツで起こった、自由主義とナショナリズムの結びついた運動を起こした学生組織。」と、「世界史の窓」というページで解説されているので、世界史の学習内容でもあるのでしょう。(当番は地理・日本史選択だったので……。)
ところがこの学生運動が過激になっていき、メッテルニヒによって弾圧され、1819年イェーナ大学の学生組合は解散させられてしまう。組合員の一人、カール・ザントが、ロシアのスパイという疑いをかけられていた劇作家・コッツェブーを暗殺するという事件を起こしてしまったからです。
歌詞は8番まであります。大意は、「我々は立派な校舎を建てて静かに暮らしていたが、裏切りによって疑いをかけられた。そこで我々は団結した。しかし、校舎は崩れようとしている。この苦難の時に必要なものは何か。魂は我々の中にあり、神は我らの砦なのだ。」当番の貧弱なドイツ語力ではここら辺が限界ですが、ここで最初の疑問も氷解します。「校舎」というのは、実際の校舎のことではなく「学生組合」のことだったんですね。要は「暗殺事件の嫌疑を受けて弾圧され、残念ながら学生組合は解散するが、まだやってくぞ、神のご加護を!」というような歌詞だったわけです。実際、その後この組合は地下に潜り、秘密結社化してゆくことになります。
で、歌詞より曲の方が大事なんですが、先ほどの国立音大の資料によると実はなんと、この曲は元々あった民謡にアウグスト・フォン・ビンツァーという人が上のような長々しい詞をつけたものだったのです。歌詞とは全く関係なかったんですねえ。はあ……。
学生が歌うとこんな感じですが、タイトルロールに「マールブルク・ブルシェンシャフト」と出てきてびっくりします。まだあるのか、ブルシェンシャフト!と思って辞書を引いたら、「学友会」とありました。日本で言えば学生自治会に近いのでしょうか。リラックスした感じの演奏もありました。ビールを飲みながら歌うにはこっちの方が良さそうです。割合にアップテンポな曲を荘重な金管コラールにしてしまうブラームスの手腕よ!
参考演奏としてベルリンフィルが演奏するとこうなるのですが、太平洋の島国ミクロネシア連邦国歌にもなっているのが驚きです。また1820年には同じ旋律を使って"Ich hab mich ergeben"という愛国歌も作られています。魅力ある旋律なのでしょう。このテンポだと「大学祝典序曲」に近いかな。でも、この演奏が「大学祝典序曲」のテンポに影響されている可能性もあります。
ちょっと疑問。Wir hatten gebauet ein stattliches Haus.は過去完了の文だから、「我らは立派な校舎を建てていた」という訳の方がいいような気がします。「……だけど今はもうないよ。」という意味が込められているのが上のことからも分かりますよね。でも「我らは立派な校舎を建てていた」あるいは「我らは立派な校舎を建てていたのにぃ」では、くどいですね。いいっす、今のままで。
次いきましょう。
次は「祖国の父」(Landesvater)。当番が初めてこれを聴いたのは、ウィーンの名バリトンエーリヒ・クンツの名唱でした。張りのある堂々とした歌い方に感激したのは高校3年生の時だったと記憶しています。
しかし、レコードジャケットに記されていた邦題は「ランデスファーターの歌」。当時ドイツ語を知らなかった当番は何のことやら分かりませんでした。やがて大学に入りドイツ語を学ぶようになって、辞書を引いたら、「Landesvater:国民の父、主君」とあって、なにやら国王をたたえる歌ではないかと思うようになりました。が、時折ブラームス関係の本を読んで「大学祝典序曲」に触れている部分があると、「御国(みくに)の父君(ちちぎみ)」という大仰な訳から「国の親父」というクダけた訳まであって、再び混乱するのでした。当時、地方大学で親から仕送りを受けていた当番は、「故郷(くに)にいる父親からの仕送りに感謝する歌」なのか?と混迷の度合いを深めていきました。
調べてみると、ドイツの学生組織に「撃剣系学士会」というものがあり、「侮辱されれば決闘(メンズーア)で決着をつける」ことを規約としたものがありました。これは痛そう。で、その入会儀式の時に歌われるのがこの歌だったのです。歌詞の冒頭を採って"Alles schweige"(全員静粛に!)と呼ばれますが、いかにも厳粛な儀式が始まる、といった趣の歌い出しです。……あれ?"Landesvater"という曲名ではないの?
という疑問を胸にさらに調べてゆくと、その入会儀式は、剣で帽子を串刺しにするものでした。細かい儀式の内容はここでは省略。先ほどのクンツの画像に出てきましたが、4人の学生がそれぞれ腕を組み合い、会員のかぶっている帽子をこの絵ではそれぞれ3つずつ串刺しにしています。(もうちょっと大きい画像はこちら。)で、この儀式のことをランデスファーターと称するのです。そうか、だから「ランデスファーターの歌」なのか。「ランデスファーターという儀式で歌う歌。本名"Alles schweige"」という意味だったんですね。ようやく分かった!
歌詞の内容は、これも11番まである長い詞ですが、もう、ドイツへの忠誠を誓う内容一辺倒です。2番に「ドイツの息子たち(Deutschlands Söhne,)よ、高らかに我が祖国(Vaterland)の歌が響いてくる。祖国の歌が!」とあるので、「息子たち(Söhne)」に対する「父(Vater)」、すなわち「祖国(Vaterand)」を擬人化したものが"Landesvater"なのではないか、というのが今のところの結論です。だから、無理矢理訳さずに、「ランデスファーターの歌」でいいんですね。クンツのジャケットを書いた方は、見識があったわけです。
「大学祝典序曲」では、後半のメロディーが用いられています。「撃剣系学士会」とか「決闘」とは正反対なレガートなメロディーとして出てきますが、これもブラームスのユーモアのように思えます。
後半は、次回。
2013年3月23日土曜日
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