2013年3月24日日曜日

「大学祝典序曲」の原曲たち(下)

後半2曲は「新入生の歌」と「学生歌」。
これらは「超有名どころ」なので、ここに書くまでもないかもしれませんが……。

まずは「新入生の歌"Was kommt dort von der Höh'?」。

この曲が日本で有名なのは、旺文社の「大学受験ラジオ講座」のテーマ曲として使われていたからです。まだ「予備校」というものが東京ないしは地方主要都市にしかなかった時代、予備校に行かなくても有名な先生方の講義が聴ける、というのはこのラジオ講座しかなかったのです。だから、昭和の中頃から終わりにかけての受験生はこぞって聴いていました。このようなかたちで放送されていたのです。これはラジオ短波での放送ですね。短波放送特有の、音が近くなったり遠くなったりをくりかえしているのがいい感じです。講師も多士済々。渡辺次男先生(なべつぐ・数学)は、参考書でお世話になりました。なつかしい。吉村作治先生もいらっしゃいますが、何を教えていたのでしょうか?当時は入試科目に「ヒエログリフ」があった大学でもあったのでしょうか?

ところが当番はこの番組を聴いたことがありません。AMでこの放送を流していた局の入りが極端に悪く、短波ラジオも高価で手に入らなかったので。というより、平日の夜は部活で疲れて勉強どころではなく、土・日にまとめて勉強していたので、毎日なんか聴いていられなかったというワケです。(だからもっぱら笑福亭鶴光師の楽しいトーク番組ばかり聞いていました。あとはNHKの森繁久弥と加藤道子の「日曜名作座(テーマ曲のみ)」、「日本のメロディー」の中西龍アナウンサーの名句名調子が忘れられません。我ながらシブすぎる。受験生というより隠居。)

原曲は"Was kommt dort von der Höh'?"(あの丘から来るのは何?)。歌詞は「あの丘から来るのは何?--郵便馬車の御者だよ。郵便馬車は何を乗っけてきたんだ?--キツネだよ。」というようなもの。馬に乗って初登校してくる新入生を、在校生が「なんだ?ありゃ。おーい、キツネが馬に乗って来たぞ」といった具合にはやしたてて歌ったもののようです。上のリンク先の画像には、乗馬用のブーツを履いて、馬ならぬ椅子にまたがって入ってくる姿が見られます。この後、新入生と在校生がビールを飲んで歌ってどんちゃん騒ぎをするようです。

この曲を使っているのはブラームスだけではなく、「軽騎兵」でおなじみのスッペも、この曲を使って、やっぱり"Was kommt dort von der Höh'?"という曲を書いています。いやあ、この演奏、まさしく「鼓笛隊」ですね。鼓と笛しかない。こういう編成をなんと言うんでしょうか?あ、鼓笛隊か。よく、ドイツマーチの始まりや曲間のつなぎにこの編成の短い曲が置かれますが、あれと何か関係があるんでしょうか。当番にはよく分かりません。やはりフルートの世界は奥深い。時間ができたら特集してみます。最後の喝采は、木琴の彼に捧げられたものですね、きっと。

こんな陽気な歌をブラームスはやはりどんちゃん騒ぎ的に使っているのですが、テーマに使ったり、展開部に使ったり、コーダの直前に使ったり、さら冒頭の八分音符四つの動機もここから来ていることを考えれば、この曲こそ「大学祝典序曲」の核をなす曲だと言えるでしょう。

最後は「学生歌"Gaudeamus igitur"」

日本では「我がゆく道は/遥けきかなた」という歌詞がついています(詞:岡本敏明)
ヨーロッパ全土で「学生の歌」として知られており、ヨーロッパにおける国際的な催しではよく歌われているようです。
歌詞はラテン語。ラテン語はヨーロッパ知識人の共通言語です。だからこの曲はドイツで作られたのにもかかわらず、ヨーロッパ全土に広がったのですね。
1番から3番までは、胸にぐっときますね。日本の「無常観」に通じるものがあります。その後もいい歌詞が続きます。

超有名曲だけに演奏も山のようにあるのですが、まずは合唱
ポルトガルのポルト大学合唱団。ガウンを羽織るのは、この曲が卒業式に多く歌われているからです。「大学祝典序曲」のテンポからすると結構速いですね。よく見ると、男女が交互に並んでいます。あまり見たことのない配置ですが、日本ではどうなのでしょうか。
おお、すごいと思ったのがイリノイ大学男声合唱団。荘厳な歌いっぷりです。緩急強弱自由自在。イリノイ大学と言えば、あのマーク・ハインズレー先生がいらっしゃった大学。音楽サークルのレベルは高いようです。
モスクワ物理工科大学男声合唱団記念演奏会での演奏。指揮は…?学長さんか、あるいは創設時の先生もしれませんね。お年を召した方もいらっしゃるので、卒業生も入っているのでしょう。「創団50周年記念演奏会最後の曲」なので、会場は全員起立しています。最後に女声が入ってくるのがいいですね。
ソロで。アメリカの名テノールマリオ・ランツァの独唱。この人は将来を嘱望されながら1959年に38歳の若さで亡くなっています。残念です。
金管五重奏で。アメリカのオルブライト大学金管クインテットの演奏。演奏内容はともかく、テューバのあなた、そんな持ち方をしていたら管が外れますよ!
吹奏楽で。イギリスの名門、コールドストリーム・ガードの演奏。さすがにイギリスを代表する軍楽隊だけあってうまいのですが、何か違和感が……。そう、3拍子の曲を4拍子にしちゃってるので、なんだかな、といった感は否めません。

ブラームスはこの曲を「大学祝典序曲」の大団円に用いました。壮大なオーケストレーションが、学生たちに対するブラームスの気持ちを表しているようです。その気持ちは全ヨーロッパの学生たちに向けられています。ブラームス自身は大学に行くことはできませんでしたが、「学生たち、しっかりやれよ」という気持ちが(たとえ義理で作曲したにしても)伝わってくるようではありませんか。


お上(かみ)が初めて大学を作った日本とは違い、学びたい者(学生)が組合(ギルド)を作って師を求めたのがその始まりであるヨーロッパにおいて、学生の団結は自分たちの学びを保障するいしずえであったがために、このようなたくさんの学生歌が生まれた、という背景を知っておくのもいいかもしれません。
日本には似たような歌に、旧制高校(戦前までの高等学校)の「寮歌」というものがあり、当番も学生時代にはよく覚えて歌ったものです(あ、私は大学在学中に元号が平成に変わった頃の学生です)が、ヨーロッパほどは一般化していませんね。

ドイツの学生歌についてもっと詳しく知りたい方には、ライムント・ラング著・長友雅美訳『ドイツ学生歌の世界 -その言語文化的断面(ISBNコード: 9784883953707)』をおすすめします。


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